
お気に入りに追加
こんにちは!
セッションインストラクター
の斉藤 彰広です。
とある楽器インストラクター
と話をした時に、
思わず大きく
頷いてしまったことがあります。
個人的には
大共感すぎて
笑ってしまいました!
その物事とは何か!?
思わず
共感してしまった言葉はこれ。
【たくさんの人と
個別レッスン
やってるとわかるけど、
男性の悩みって
ホントに浅はかで小さい。
女性の悩みの方が
本質的だよね。】
男性の僕としては
複雑な気分でしたが、(笑)
残念ながら大共感です!(苦笑)
一応男性として
誤解が無いよう
に補足しておきます。
もちろんですが、
全ての男性が浅はかで、
全ての女性が本質的
ということではありません。
当たり前ですが、
人によって個人差がありますし、
その人のぶち当たっている
現在の人生のステージ
によっても変わってきます。
より正確に言葉を選ぶなら。
生まれ持った性別が
男か女か?
ということよりは
自分の内面の性質として
【女性性が高いかどうか?】
がこの際の
判断基準としては
大きいかと思います。
性別が男性でも、
ちゃんと女性性が高い人は
やはり深く物事を捉える
傾向が強いと思います。
そして面白いことに!
時代としては
明らかにこの
【女性性が高い人】
の方が色々上手く生きやすい
感じになってきたな!
と個人的に感じます。
それこそ一昔前は。
自己顕示欲バリバリで、
承認欲求に飢えまくった
スーパースタータイプが
ステージ上で
派手なパフォーマンスを
することで
一定の評価を得やすかった
時代が確実にありました。
ところが、
時代の節目に入り、
明らかにこういった
スーパースターモデルが
崩壊してきています!
では逆に、
【女性性の高い人】
の特徴とはなんでしょうか?
色々ありますが、
音楽的な観点からいうと
・アンサンブルが得意で
バランス感覚がある
・ソロもバッキングも
どちらのポジションもいける
・我が我が感がなく、
客観的な判断ができる
こんな感じ。
逆に言うと
これをひっくり返せば
音楽的に
【男性性の高い人】
もっと簡単に言うなれば!
【女性性の高い人】
=【一般常識のある普通の人】
ということです。(笑)
そして、音楽はその性質上、
特異なパーソナリティを
持った「普通じゃ無い人」が
評価されやすい文化を
保持してきました。
もちろん、
これ自体は悪いことじゃ無いし、
むしろ自然なことです。
が!
個人的にはもうそろそろ
この文化にも
多様性が生まれて
いいんじゃ無いか!?
と思っています。
例えば、子供の頃は
ピアノ教室などに通って
音楽をたしなむのは
圧倒的に女性、
または女性性の高い人です。
ところが不思議なことに、
思春期を越えると急に
男性、または男性性の
高い人だらけに!
男性性の高い人ばかりがいる
コミュニティはどうなるのか!?
一概には言えませんが、大抵、
「他人よりもモテたい」
から始まって、
一気に競争心が
ぶつかり合い始め、
そこから生まれる
「自分は負けるんじゃないか!?」
という不安感が
音楽をドライブさせる
文化が根付きます。
競争原理や不安感から
生まれるエネルギーは
ネガティブなもので
あるがゆえに強力!
なので、
このエネルギーから
素晴らしい音楽が
生まれるのも
厳然たる事実です。
だからこれ自体を
僕は否定しません。
が!
個人的には好きじゃ無いし、
もう時代遅れじゃないですか!?
と問いを発したいです。
男性性の高い
スーパースタータイプも
もちろんいていい。
でも、女性性の高い
普通の人も
もっと自然に音楽を
楽しめる多様性が
生まれてもいいんじゃない!?
学生時代、
ピアノや吹奏楽が好きで、
頑張っていた普通の人が、
社会人になっても
普通に続けられる環境が
もっと整ってもいいのでは!?
特に
音のコミュニケーションである
アドリブセッションを
やっていると強く思います。
これはあくまで
個人的な統計ですが、
【プロ志向の
ハナイキアライ若者】と
【経験ばかりが長い
ウンチクおっさん】
はセッションと相性悪いです!
少なくとも
僕のセッションとは
まるでダメですね。
【ハナイキアライ若者】も
【ウンチクおっさん】も
本質は同じ。
男性性が高く、
競争原理と不安という
幻想の中で勝手に
自分と戦っています。
下世話な言い方をすると、
音楽でオ○ニーを
繰り広げるので
まったく周りを聞かず、
会話的な
セッションになりません!
でもこんな
【男性性の高い人】
が未だに大多数を締めるのが
現在の音楽業界や楽器ファン層です。
僕はこんな状況に
ジャムセッションで
風穴を開けたいと思っています!
時代も女性性を求めているので、
健全な向上心と
一体感を音楽で得たい人は
ぜひ僕とセッションしましょう!
